そのココロは?

家族の会話を心理学的に見てみたりしつつ、子供を面白がりつつ、育児とか大げさなことは言わず、家族で暮らすのって楽しーな。くらいで。

上には上 下には下

上には上がいる

下には下がいる

 

そうやって親の入れた上下のモノサシで

いつまで自分をはかるのか

 

どこにいてもいい

なにをしてもいい

 

キミという唯一無二の肉体と精神

オリジナルでいること

それを「らしさ」という

 

誰かの

何かに

ならなくていいんだよ

この気持ちは私のもの

今朝はテレビで華やかなクリスマスのイルミネーションを見た

 

私はこんな田舎で

華やかさとは程遠い

 

いやだな いやだな いやだな

帰りたい 帰りたい 帰りたい

つらい つらい つらい つらい

死にたい 死にたい 死にたい

 

安定剤を飲む

 

「そんなに皿洗いがシンドイなら

やっとくから置いといて」

 

皿洗いがつらいんじゃない

 

でも、どんな感情も私のものだ

受け止めて、流す

 

それは愛情なのだと

実家から電話があると

条件反射で身構える。

 

重箱の角をつつかれないように

納得してもらえるように

不機嫌にさせないように

 

 

息子Mは祖父と話した後

「おじいちゃん、風邪ひいてないか、

寒くないか、心配してくれてたよ」

 

そっか。

息子は、心配をちゃんと愛情として受け取っていた。

 

私は、その心配を「ちゃんとやれ」と責められているように思えて身構えていた。

 

私は息子に言う。

「愛されてるね。」と。

 

それは愛情なのだと

大人になった時、無条件に愛されたと思えるように。

多動を許す

計画通りにバタバタと

多動なのが性に合っているから

あんなに忙しい日々を過ごせた。

 

合わなかったのは

忙しさじゃなくて、環境。

 

環境を変えて、多動してみる。

今日の決心。

ラクする、ということ

夫とお金の話をしました。

 

ザワザワ ザワザワ ザワザワ ザワザワ

 

私が、お金を稼げていない  からなのか

私が、お金を使わせてる からなのか

 

「どうせ私が悪いんでしょ!!」という

気持ちを、外に置いて

彼の話を聞いていたら

 

私が原因ではなくて

彼がそうしたいと思ったことをしているだけで、

たまたま今ちょっとぎりぎりなんだと。

 

そういうことでした。

私が原因の何かで、彼が悩んでるわけではなく

彼がしたいことを、やるためにちょっと考えてるだけなんだと。

 

私の父は

「自分の子供なんだから仕方ないだろう」と

責任を100パーセントとる姿勢。

しかし、それは私には

「親に迷惑かけんじゃねーぞ」という

プレッシャーだった。

安心ではなく、恐怖だった。

 

夫はただ好きなことをしているだけ。

 

私が夫に迷惑をかけてるから夫はそうせざるを得なかった。

っていうのは勘違いだった。

 

夫はただ好きなことをしているだけ。

私がひとりで勘違いしてた。

 

私らしくある、ということは

多動を許すこと。

ラクする、というのは

嫌なことをしないこと。

好きなことで忙しいのは

実はラクしてるってこと。

自分がどう思うか

関西弁カウンセラーが夢に出てきて言いました

 

「まぁ、自分がどう思うか、やな」

 

「途中からええ表情するようになったなーと思ってたんやけど」

 

「出来事と、物と、あるやん。

出来事はダミーやから笑っとけばええ。

嫌や嫌や言うてたらずっと追いかけてくるで。

合コンで好みでもない男にグイグイ来られるようなもんや。

そんなん笑って流しとけ。

 

物は、自分に似合う物を身につけるとええよ。

似合う物は、ええ気分になるもんや。」

 

音楽室、パールのピアス、合コン 

しめじ、本屋、海外旅行当日キャンセル

実家への電話、

失言で嫌われたと思い込み、

昔の上司

 

盛りだくさんの夢。

 

 

 

 

 

 

今日も生きてた

子供の頃、

「私はバカだから」と思っていた

誰かに言われたのか

自らそう思い始めたのかはわからないけど。

 

そしたら結構、そうでもないかも?なんて思うこともあった

 

あー、私はバカだけど

できることもあるんだなぁ って。

 

でも

幸せを望んで  成功を望んで

がむしゃらだった私は

今、今日も死ななかったと思っている。