そのココロは?

家族の会話を心理学的に見てみたりしつつ、子供を面白がりつつ、育児とか大げさなことは言わず、家族で暮らすのって楽しーな。くらいで。

子供の嘘(その後)

今朝の嘘に怒り収まらず

スマホをいじって

コーヒー飲んで

録っておいたドラマみて

 

くそぅ。。。

ムカつく。。。

 

この怒りの根っこは何だ?

信用とか信頼とか、そんなことじゃない気がする

なんだろう なんだろう なんだろう

 

降ってきた言葉は

「味方になってくれないんだね」

 

・・・これだ。

 

ママは何があってもキミたちを守る

 

常々そう言っていた

そして、子供たちにも私の味方になることを

前提にして 裏切られた「気が」した

 

そして

「私は味方が欲しかった」

「信頼できる味方が欲しかった」

 

信頼できない

味方がいない

そういう前提を持っているから

 

と気づいたので。

味方はいない、という前提もおしまいです。

 

子供の嘘が許せない

今朝は子供に嘘をつかれて激怒。

 

はみがきしなさいよ。

「したよ」

 

はい、してません。嘘です。

 

やることやらない、嘘をつく。

これ、本当に大嫌いです。

信用できないので一緒にいたくないです。

 

嘘をつかざるを得なかった、という子供事情もあるでしょう

保身だったのだから、という考え方もあるでしょう

 

歯磨きしなくても虫歯にはならない。

それもそうです。

だから目くじら立てて怒る必要もない。

それもそうです。

 

しかし。

嘘をついても構わないという

その心根がいやなのです。

 

嘘は自分も相手も幸せにしない。

 

幸せになってほしいから

嘘を許さない。

私が幸せになりたい。

だから嘘は許せない。

罪悪感のネタを探す

やりたいことをやろうとしたら

信頼している人に否定された

 

やるべきじゃない

するべきじゃない

ありえない

考えられない

 

私はやりたいの! と抗ったものの

目の前の何かを見るたび

やっぱり違うんじゃないか

失望させてしまうのではないか

嫌われてしまうのではないか

呆れられてしまうのではないか

無責任と言われるのではないか

 

罪悪感のネタを探しては

自分を責めてしまう

 

それは反対された言葉を

「受け取ってしまった」だけ。

最初に欲しかった言葉をもらえなかったから

やっぱり、の証拠を集めてしまうだけ。

 

欲しかった言葉をリクエストしよう。

そっちを受け取ろう。

やっぱりやって良かった、が集まってくるよ。

やりたいこと見つけた!

身軽になること

 

職業や活動や欲しいものではなく

私は自分のココロを軽くすることが

大好き。

 

日々起こる、些細なこと。

ココロが揺らぐその瞬間の謎解きをすることが大好きなんだ。

 

自分のココロを研究する。

それがやりたいこと!!!!

罪悪感で縛り合う

あなたのせいで

あなたのやりたい生活のために

私はこんなに我慢していて

こんなに窮屈で

こんなにイライラしていて

あなたのせいで!

 

お前のせいで

お前が協力しないから

俺はこんなに税金払っていて

こんなに頑張って

こんなに我慢していいて

お前のせいで!

 

・・・笑えるw

お互いが罪悪感で縛り合って

こうやって嫌いになるんだなぁ

 

縛り合う縄を解くためには

相手のせいにするのをやめること。

それでもいいか、と損してみること。

自分のやりたいことをやること。

 

そうやって自分の縄も相手の縄も

解ければ

たとえ夫婦でなくなっても

いい関係が築けると思うのです

 

自由なんだなぁ

行きたいタイミングでスーパーへ行く

食べたいものを選ぶ

吟味したものを好きなだけ買って帰る

 

会社が辛かった頃

自由になりたいと願ってた

 

自由になりたいけど、

頑張れる自分はカッコいい

 

そう思ってたから

頑張らなきゃならないことばかりで

しんどかったなぁ

夫の小言もつらかった

親の介入もつらかった

育児もつらかった

いつも泣いてるか怒鳴ってるか

 

そんなことを思いながら

解放されたんだな、と実感

 

ずっと 

夫の小言や親の介入や育児が辛くて

辛い面ばかり見て

別居が許せなくて

仕事を奪われたのが悔しくて

辛くて許せなくて悔しくて

それが私の世界だった

 

それを手放せたのは

自分を最優先にしてもいい、という

たったひとつの自分への許可でした

 

不自由だったのは

夫のせいでも 親のせいでもなく

私が私を後回しにしていたからでした。

 

 

 

 

 

夫が嫌い

夫が鬱陶しい、めんどくさい、と思いつつも

好きだから、経済的に頼ってるしと

もやってとしてたけど。

 

あ、嫌ってもいいんだ。

と、気づいた。

 

嫌いになってもいい。

嫌いになることもある。

だってもう10年。当たり前。

 

とにかく自分の正しいと思うことのために

家族を巻き込み、

どんなに私がへこんでいても

自分を正当化するために耳も貸さず

楽しいでしょ?

嬉しいでしょ?  の繰り返し。

 

あー、あー、そうですか。

あなたが良ければいいですよ、と

私の気持ちを後回しにごまかしてきたけれど

 

やっぱり無理だった。

 

ごめんね。

今までうまく伝えられなくて。

私は、田舎には暮らせない。

閉塞感と無力感に耐えることが

日々の仕事になっています。

幸せを感じません。

幸せを感じようと必死に努力していることに疲れました。

 

その努力をやめます。

あなたに好かれようとする努力

家庭の体裁を保つ努力

あなたを理解しようとする努力

 

孤独をこじらせているのかもしれませんが。

私を解放しようと思います。

 

バイバイ。

頑張り屋で努力家の私。