そのココロは?

家族の会話を心理学的に見てみたりしつつ、子供を面白がりつつ、育児とか大げさなことは言わず、家族で暮らすのって楽しーな。くらいで。

オネショを隠す

鋼の錬金術師を読んでたら、こんなセリフが。

 

「嫌な思い出から逃れるためか?

  自分がしでかした事の痕跡を消したかったのか?

  寝小便した子供がシーツを隠すのと一緒だ。

  逃げたな。エドワード」

 

 

あ。思い出したよ。

一度、オネショして。怒られるのが怖くて

乾いたからそのまま押し入れに放り込んだのがバレて

「あんたねー。オネショは臭いのよー」って

言われたんだ。

 

それで、ですよ。

大事なのはここから。

おねしょシーツをこっそり捨てる。

捨てたけど、見つからないかどうか

ずっと見張ってるから、

周りが全部疑わしく見えてくる。

それを思い出させる出来事や人物。

 

どうせ知ってて黙ってるんでしょ!って

自分で証拠隠滅したくせに被害者ぶったりしてね。w

 

 

シーツを捨てた時の気持ちを思い出してみる。

 

おねしょなんて、恥ずかしい。

もう赤ちゃんじゃないのに。

私はもうお姉さんなんだから、こんなのダメ。

お母さんをがっかりさせたらいけない。

 

そんな「未熟な自分」を隠すためにシーツを捨てた。

 

そしたら、周りに

子供っぽい人、年相応でない人が現れて

「そんなのダメじゃない! ちゃんとして!」って

イライラさせられる。

 

 

私がおねしょ布団を押入れに放り込んだ時の「気持ち」が目の前にある。

それは

・怒られても泣いたらいけない

・親をガッカリさせたらいけない

・できないって言ってはならない

・もうお姉ちゃんなんだから失敗は絶対いけないこと

 

息子たちは、私のおねしょ布団を持って生まれてきた。

ほらほら、って 一番見たくないものを、忘れたいことを

思い出させようと目の前に差し出してくる。

 

本当はお母さんに

「大丈夫だよ、冷たかったね。」って

怒られそうでビクビクしていた心を拾い上げて欲しかった。

 

お母さんに「大丈夫だよ」って寄り添って欲しかった。

勝手に解決したり、放置したり、諦めたりせずに

「大丈夫だよ」って言って欲しかったんだ。

 

あなたのおねしょシーツは、まだそこにあるんです。

罪悪感や劣等感で見張り続ける限り、そこにあり続けるんです。(ホラーか。www)

 

だから、

どうして欲しいのか、どういう気持ちだったのか

それを見つけられたら

もうシーツを隠さなくてよくなるから。

そして、「大丈夫、洗濯してあげるよ。」って

助けてくれる人が現れるかもしれない。