そのココロは?

家族の会話を心理学的に見てみたりしつつ、子供を面白がりつつ、育児とか大げさなことは言わず、家族で暮らすのって楽しーな。くらいで。

「私は大切な人です」

ネットニュースで虐待してた女性の話を読みました。

叩くのがやめれない。

自分こそ被害者。

だから叩かれても当たり前。

ある日、子供に「ママの事好き?」って聞いたら

「ママ大好き」って言ってくれて。

自分は愛されているんだ、ってやっとわかった。

そして、支援団体を頼り、自分自身の立て直しをはかる。

それでもカウンセリング中、どうしてもいえない一言があったという。

それは「私は大切な人です」

 

 

記事を読み終わってから、私も言ってみました。

「私は大切な人です」

 

あれ?あれ?あれ?

言えた! 言えたよ! 言えた! 

 

言葉としては言えてたんです。

「ワタシハタイセツナヒトデス」

 

でも。なんか虚しかったというか。空っぽな感じで。

そう思い込まないと救われないのかな なんて思ってました。

 

今回は、じわーーーーっと 

大切にされてきたこと、大切にしたい人、そんな感情が

じわーーーっと溢れてきて。

 

あぁ、本当に言えた。 やっと言えた。

何度も言いたい。

「私は大切な人です」

じわーーーーー。。。

「私は大切な人です」

じわーーーーー。。。

「私は大切な人です」

じわーーーーー。。。

「私は大切な人です」

じわーーーーー。。。

「私は大切な人です」

じわーーーーー。。。

 

あぁ、なんだろ、この脱力感。

 

今朝、チーズオムレツを出したら

子供たちがとても喜んでくれました。

 

「あのねぇ、これおいしいから夜また作ってくれる?」

うん。作るよー。笑

 

「あのねぇ、でもねぇ、今もう一個食べたいなーとか」

今? もっと食べるの? w

 

今までだったら、

また作るの? 洗い物増えるじゃん。 めんどくさいし。

・・・って間違いなく「夜にしようよ」って言ってた。

 

でも今朝は、もうひとつ作りました。

 

子どものあの驚いた顔!

絶対めんどくさいって言われると思ってたんだろうなぁ。

 

「ママ、すごくおいしかった! 作ってくれてありがとう!」

 

今までも何度も聞いた言葉なのにすごく響く。

あぁそうか。今まで受け取ってなかったんだ。

「ご飯作るのは私の仕事なんだから当たり前でしょ」

「素材がいいんだから美味しくて当たり前でしょ」って

拗ねてたから。

 

我が子のありがとう、が受け取れないくらいに拗ねてた。

 

いいことは他責、悪いことは自責のデスロードを走ってきたから

ありがとう、が素直に受け取れなかった。

 

誰の、何の責任でも、いいんだ。

「私は大切な人です」

 

オムレツのおかわりをしてくれた。

美味しかったよ、って言ってくれた

日常の、それだけのことが、号泣するくらい嬉しい。

 

「私は大切な人です。」

これを言った時の、その時の気持ちが

自分をどう思っているか、なんだね。